東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)2276号 決定 1979年3月27日
申請人
高信直通
右訴訟代理人弁護士
藍谷邦雄
(他二名)
被申請人
株式会社アロマカラー
右代表者代表取締役
奥沢和夫
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
西本恭彦
同
石嵜信憲
主文
本件申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一申立て
1 申請人
(一) 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
(二) 被申請人は、申請人に対し金二〇万〇六〇六円及び昭和五三年四月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一三万二七五〇円を仮に支払え。
2 被申請人
主文と同旨
第二当裁判所の判断
一 被申請人は、カラー写真原板の現像処理及びカラー写真印画(以下「カラー・プリント」という)の焼付、拡大引き伸し等の処理を主たる業務とする株式会社であり、申請人は、昭和四八年四月二一日被申請人に雇用され、カラー・プリントの焼付作業及び出荷検査、仕上作業等に従事していたこと、申請人は、昭和五二年八月一〇日会社を休み、総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部の依頼で、自動車の屋根に登り、宣伝用の写真を撮影中、足をすべらせ転落し、右太腿骨頸部骨折及び右橈骨小頭骨折の傷害を負い、同日、第三北品川病院に入院し、同月二〇日中野総合病院に転院し、同病院において同月二九日大腿骨に接骨用金具をうめ込む手術を受け、昭和五三年一月二四日まで同病院に入院し、翌二五日同病院を退院したこと、申請人は、本件私傷病により同年八月一〇日から二カ月間欠勤したため、就業規則第二〇条(2)により同年一〇月一〇日から六カ月間の休職を命ぜられ、右休職期間は昭和五三年二月九日に満了し、更に申請人は有給休暇八日間の行為が認められ、これの満了日は同月二〇日であったこと、被申請人は、同年二月二一日付の文書で、申請人が「私傷病によって、昭和五二年八月一〇日から休職し、昭和五三年二月二〇日をもって休職期間及び有給休暇八日間の期間が満了したので、就業規則第二九条により退職となる」旨通知したことについては当事者間に争いがない。
二 申請人は、就業規則第二四条で「休職の事由が消滅したときは復職せしめる」と規定しているところ、昭和五三年一月二五日に退院時の申請人の身体状態は、就労可能な状態にあり、翌二六日に被申請人に対し就労の意思を表明したのであるから、申請人の休職事由が同日消滅したにもかかわらず、申請人が休職期間経過しても復職されないとしてなした被申請人の本件退職扱いは、右規定に違反する無効なものである旨主張するので検討する。
1 就業規則第二四条の規定が申請人主張のとおり定めていること、申請人が昭和五三年一月二六日に被申請人に対し就労の意思を表明したことは当事者間に争いがない。
2 そこで申請人の退院後の症状についてみる。
(一) 昭和五三年一月二五日付の診断書である疎甲第二号証の二には、申請人の右時点における症状等について「右大腿骨骨頭下骨折にて現在一本杖歩行が可能な状態である。机上労働は支障ないが長時間の歩行起立は避ける必要がある。今後一年から一年半は右股関節の免荷(杖歩行)を続け、一~二カ月に一度来院し、レントゲン撮影を施行して経過観察する予定である」と記載されていること。
(二) そして、(書証略)によれば次の事実が認められる。
(1) 申請人は、昭和五三年一月三〇日に被申請人方へ赴き、被申請人の野坂一朗専務取締役外二名と面会し、被申請人に対し「一月二五日に退院し、現在自宅療養中であるが、日常生活にはほぼ支障がないので、坐ってする仕事を見つけて、直ちに職場復帰をしたい。トイレは洋式、階段の昇り降りには手すりが必要であり、通勤は、ラッシュ時を避けるため、出勤時刻の変更を考慮して欲しい。ただ職場復帰をしても一年以内に接骨金具を取り除くため再度切開手術があるので、そのときは二、三カ月休むことになるが、あらかじめ認めてほしい。もしなんらかの事由で転倒したら再骨折する危険が大きいが、松葉杖での就労が不可能ならば、休職期間の延長を認めて欲しい」旨の症状の報告及び要望を申し入れたこと、これに対し、被申請人は、申請人が松葉杖を利用しないと歩行はもとより、坐姿勢から立ち上がることができない状態では就労させることはできないと考え、その旨申請人に話したこと。
(2) 被申請人は、申請人の症状について更に具体的に把握するため、被申請人の野坂一朗専務取締役及び木村昌司東京現像所次長は、同月七日申請人の主治医である中野総合病院の鈴木幹雄医師に面会したこと、その際、同医師は、「申請人の受傷部位は、右大腿骨骨頭下で、手術によって骨折個所は癒着し、手術後の経過が良好であり、寝起きが一人でできるようになったので退院させたが、骨には接骨金具が入ったままであり、退院後も約一カ月ごとにレントゲン検査による観察の必要があり、治療の状態をみて再手術をし、接骨金具を摘出しなければならない状態であり完治はしていない。完治まで一年から一年半はかかるが、なんらかの原因で再骨折したら一生不具になる。従って、申請人の仕事がデスクワークであると聞いたので通院後、徒歩杖の使用による免荷を条件として就労してもよいと言ったが、右股関節への負荷は危険であり、立位作業、軽作業は無理である。被申請人の説明による原職への復帰はむつかしく、坐位の机上労働ならば支障はないが、起立時には器物、徒歩杖等の介助が必要であり、軽作業を伴う仕事は危険である」旨説明していたこと。
(3) その後、被申請人は、総評全国一般労働組合東京地方本部南部支部アロマカラー労働組合(以下「分会」という)から、申請人の職場復帰について団体交渉の申し入れがあったので、同月八日分会と団体交渉を行い、その席で、被申請人と分会との間において、申請人に被申請人の指定する医師の診断を受けさせること及び被申請人と分会は双方で申請人の主治医と面会しその所見を聞くことについて合意が成立したこと。そして同月一三日、被申請人の野坂一朗専務取締役、木村昌司東京現像所次長、分会の鈴木吉博執行委員長、浜田尚書記長の四名は、申請人の主治医である鈴木幹雄医師に面会し、同医師から次のような説明を受けたこと、すなわち、「この病院で大腿骨骨頭部の骨折の症例は、年間三〇ないし四〇件あり、老婦人に多い骨折で若い人の症例ははじめてである。そして、その治療には通常人工関節を使用するが、それの耐用年数は一〇年程度であり、老人の場合はこれで間に合うが、申請人は若いので取り替えのための再手術ということになっては大変だから、接骨金具を入れて接骨した。大腿骨骨頭の骨折は九〇%位ダメになるが申請人の場合はたまたま手術が成功したといえる。現状では五分位ならば立ってもよいが、骨折部が痛むようなことがあれば即刻入院加療が必要であり、また、一年位したら大腿骨骨頭が陥没してくる時期があり、そのときがこわい。しかも、今度骨折したら人工関節を使用するほかはない。一本杖で二年間我慢すれば、現段階では一〇〇パーセント完治すると思う。二月一七日に患部のレントゲン写真を撮るが、一月二五日の状態とそれ程変らないであろうし、軽作業に就くことはむつかしい」
また、申請人は、同月一四日、前記被申請人と分会の合意に基づき、被申請人の指定医の診断を受けるため出社してきたが、レントゲン撮影は人体に有害であるとしてレントゲン検査を拒否したので、被申請人の指定医による診断はなされなかった。
3 次に、申請人の受傷前の業務についてみる。
(書証略)によれば、申請人が昭和五二年八月三日まで従事していたカラープリントの焼付作業は、座姿勢による作業が主であるが、そのほかに現像済ネガ及び受注袋の受け取り、印画紙(約一・六キログラム)、印画紙装填用遮光マガジン(約四・二キログラム)の運搬等の作業も相当あり、専ら座姿勢による作業ではないこと、また同月四日から従事していた仕上作業は、ネガ裁断作業が座姿勢で行われるものの、ロール状カラープリント裁断作業は立位による作業であり、更に仕上り品(約四ないし五キログラム)を営業所別出荷整理台まで運搬する作業も相当あることが認められる。
4 そこで、被申請人の就業規則第二九条(4)の解釈、判断に基づいてなした措置について検討する。
(書証略)(就業規則)によれば、第二九条で「従業員がつぎの各号の一に該当するときは退職とする」と定められ、同条(4)で「休職期間を経過して復職をされないとき」と定められていることが認められるところ、右休職期間の満了直後に復職しない場合はもとより、復職できないとき、すなわち従業員には復職の希望はあるが、休職期間満了時に傷病が治癒せず、復職を容認すべきでない事由がある場合も含まれると解すべきところ、申請人の退院後の症状は前記2で認定したとおり、申請人の傷病は完治しておらず、座姿勢による作業は可能であるとしても、軽作業、長時間の立位作業の勤務には耐えられないものであり、休職期間及び有給休暇期間の満了した昭和五三年二月二〇日当時も右状態にあったことが認められ、申請人が受傷前に従事していた業務は前記3で認定したとおり、座姿勢による作業が主であるが、なお相当量の立位作業及び製品又は材料の運搬作業があり、申請人の右状態では従前の業務に耐えられないものと認められるから、右期間満了当時申請人は復職可能な状態にあったとはいえず、右規定に該当する。
そこで、右の場合の効果として「退職する」と定められているところ、(書証略)によれば、第二九条は右(4)の事由のほかに、(1)会社の役員に就任したとき、(2)雇用期間が満了したとき、(3)自己の都合により退職したとき、(5)停年に達したとき、(6)死亡したとぎも定められていることが認められ、右各事由の場合は当然退職するものであり、右(4)の事由の場合も右と別異に解すべき理由がないから当然に退職の効果が生じ、従業員が復職の希望を有する場合であっても傷病が治癒せず復職を容認すべきでない事情が客観的に有する限り同様に解するのが相当である。
そうだとすると、前述のとおり、申請人の休職期間及び有給休暇期間の満了日において申請人の復職を容認すべき事情が認められず、被申請人において申請人が就業規則第二九条(4)に該当すると判断し、同規定を適用してなした措置には何ら違法な点はない。
三 申請人は、申請人が座姿勢でなす作業は、これに近いものをなすことができるのに、就業規則第二九条(4)を適用して、退職通告をなしたのは、権利の濫用である旨主張するが、被申請人が右規定を適用してなした措置は前記二のとおりであり、また、雇用契約において労働者側の労務の提供の種類、程度、内容が当初の約定と異なる事情が生じた場合には、道義上はともかくとして、使用者においてこれを受領しなければならない法律上の義務ないし受領のためこれに見合う職種の業務を見つけなければならない法律上の義務があるわけではないし、改めて労働条件を変更する契約が成立しない限り、労働者はその責に帰すべき事由による債務の履行不能もしくは不完全履行として雇用契約の解除の原因ともなりうべきものであり、右規定はかような趣旨に基づいて理解されるべきであり、仮に被申請人が適当と考えてある職種に就労させたとしても、申請人の症状が悪化した場合これを知りつつ就労せひめた被申請人の責任が問題となることは明らかであり、しかも主治医の所見によれば、申請人が再骨折した場合には一生不具になるということであり、もしかようなことになれば、申請人にとって取り返しのつかない事態になるのであって、申請人の右主張は理由がない。
四 申請人は、被申請人の退職通告は解雇の意思表示であり、労働基準法第二〇条の手続を履践していないので右解雇の意思表示は無効である旨主張し、また本件解雇は解雇権の濫用であって無効である旨主張するが、本件は、前記二で述べたとおり、申請人が休職期間及び有給休暇期間の満了した昭和五三年二月二〇日時点で復職できなかったため、就業規則第二九条(4)により右時点において当然退職となったものであって、右各主張はその前提を欠くものであり、その余の点について判断するまでもなく失当である。
五 よって、申請人の本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当でないから、本件申請を失当として却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 仲宗根一郎)